好きなもんは好き

しあわせってなんだろう

貴方に愛言葉届くかな

12/18に東京ドームで行われていた関ジャニ'sエイターテイメントに行ってきました。

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このツアーは2年ぶり。関ジャニズム以来のライブ。

このツアーが見納め。これでバイバイする。と心に決めていた。

 

そもそもわたしがエイトにどハマりしたのは3年前の2013年。嵐に冷めていた頃。嵐にはその当時のわたしにはあまり感じられなかったホーム感とか暖かさとか心の距離の近さに惹かれてのめり込んでいった。

JUKE BOXは2回入って、スタンドとアリーナ席。

安田くんのなるようになるさのやばいビジュ()も乗り越えた。ばしゃ馬さんも公開されたね。初主演映画。

 

2014年。関ジャニ∞デビュー10周年。

まあとにかく楽しかった。エイトレンジャー2公開や十祭。味スタが遠くて遠くて(笑)規制退場から出ても駅まで2時間くらいかかって、終電で地元に着いた。

舞台「ジュリエット通り」もこの年だね。この舞台で生の演技の魅力に取り憑かれた。(1年以上ひきずりました)

新レーベルのインフィニティに変わって、cloverと言ったじゃないかの第1弾シングルのリリイベ。番協。当たったんだよなあ…六本木…

ジュリエット私的千秋楽の翌日だった(笑)

前ブロックの一番後ろで通路が真後ろ。写真撮影で真ん中来たんだよね…目の前を7人が歩いたんだよね…とんでもなく近くてさ…呼吸困難なりかけた(笑)

そして迎えた関ジャニズム。ジュリエットを引きずっているため安田くんが前髪をガチガチに固めてあげていようがもう大変叫ぶ叫ぶ。(ジュリエットが全編オールバック)周りが大倉くんの金髪にキャーキャー言ってようが、「太一!太一!」と叫ぶ。(役名が田崎太一)

東京初日の席がアリーナの花道最前。横山さんとクルマジやったのは一生の思い出。

2日目は、中日なのに何故かダブルアンコで死んだり。LIFEで号泣してた。受験前ラストのライブだったから、行ってくるよ。頑張ってくるよ。って伝えて終えた。

2015年。ついに受験生。

どこまで現場を絞るか悩んでいた頃…4月かな…??深夜にリサイタル発表。開催地区みて携帯を投げた。関東がない。「は?????????」

まわりはみんな長野に行くだの安田くんの誕生日の翌日の静岡に行くだの楽しそう。

夏までは行こうと思っていた。でもその頃ちょうど母の入院と手術の日程が決まり、長野の日程丸かぶり。

「あんた長野行ってて母さんに何かあったらどうするの…」

「諦めて…」

あんま記憶無い。でもこんな感じのこと言われた。そりゃ言うこと聞くよね…だって実際怖いし。ただでさえ母の病気に4月頃から気がおかしくなってたから。

リサイタル諦め。絶対公募で通って冬行ってやるって。意気込んだ。当時発売された「前向きスクリーム」は因縁の曲() 前向きになんてなれるかよって文句言ってた(笑)

それでも好きだったんだよ。ツアー決まった時も、リサイタル来れなかった人に元気をって書いてあって泣いたし。

アルバムも楽しみにしてた。ただその頃からWESTの圧が来ててそっちにも手を出してた(おい)

信五作詞安田くん作曲(であってるよね?)のバリンタン。ほんと楽しみだった。親子だいすきだったから。親子曲〜!!って。

でもここで最大の出来事。

その頃公募の試験を控えていたわたしはもちろん少クラの番協になんて行けるわけもなく、ただただ我慢してた。

そんな中で、仲の良い同い年、しかも同じく公募試験を控えてる友だちが番協に行ってた。(まじかよすぎた)

振り付けがあって?覚えてみんなで踊ってみたいなあれ。

レンジャーでね。安田くんが、みんな振り覚えてくれてて最高だった的なことを書いたの。それみてその行った子たちが初めてやすくんのレンジャーで泣いただのスクショしただの言ってたの。

夏からまわりが遊んでるのを見ながら勉強して、現場も遊びも我慢しまくってたわたしには耐えられなかった。Twitterのアプリなんてさっさと消してればよかった。

たぶんきっと絶対安田くんは悪くないの。でもわたしの怒りと嫉妬は安田くんに向いた。目の前のファンだけ見てんじゃねえって。なんなのって。泣いた。

そこら辺から好きと嫌いがあっちこっち行ったり来たりして、次第にエイトを避けるようになった。そして逃げるようにWEST通り越して西畑くんたちにのめり込んだ。

元々の友だちがいない世界。誰もいない世界。

元気オーラス(センター試験日)で大倉くんいなかったって知ったときは心配にはなったけど、受験本番期間中わたしを支えたのはエイトじゃなかった。

そこからはもうリサイタルも元気もDVDは買わないし侍唄以降シングルも買わなくなった。

この時点で降りてたのかもしれない。“降りる”を経験していたのかもしれない。

でもわたしはこれまで担降りをしたことがないから、わからない。

2016年。

リサイタル決まったけど申し込みすらしなかった。わたしの8月は西畑くんに捧げた。

冬ツアーどうしようかなってずっと悩んでたんだけど、リア友2人(嵐担)がエイトに行ってみたいって言うから、連れて行くことにした。これがラストかなって。

知らない曲はあったものの、懐かしい曲、好きな曲、たくさんあって、純粋にカッコいいと思えたし、可愛いなとも思った。最後の挨拶なんて好きでしかなかった。何度も涙こらえた。

わたしが2年間見ないふりしていた安田くんは変わってなくて、キラキラのアイドルだった。ギターもとっても上手。好きだなって思えた。ライブ全体を通して、やっぱりこの人たち応援してたのは間違いじゃなかったのかもな、って。

嵐はもういつでも戻れる場所なの自分のなかで。いつでも帰って来れる場所。

でも気づいた。

きっとエイトもいつでも帰って来れるんだって。ただいまって出来るんだって。ふら〜っと帰ってきても暖かく迎えてくれるし楽しめるんだろうなって。

前までまたその曲かよってセトリに文句言っていた曲たちに助けられた気もする。わたしをエイターに引き戻してくれた。手が勝手に動く。口が勝手に歌う。

 

たぶんきっとわたしが西を応援し続ける限りこの人たちとは縁を切ることは出来ないんだと思う。

 

ほんとに楽しかったです。ありがとうエイト。ありがとう安田くん。

 

わたしの担降りはもう少し先になりそうな気がします。

たぶんまた文句言います。でもまたコンサート行きたいって思ったら行くと思う。突然湧いてるかもしれない。

そんな応援の仕方でもいいのかなって思えてきた。…ダメか(笑)

 

きっともう準備含めわたしの気持ちは金曜日のクリパに一直線だから、余韻に浸ってるうちに。この気持ちがあるうちに、残させて貰いました。

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

 

まさかどくんのこと見つけて安田くん!!!